あたらしい暮らし、あたらしい道具

これからの食生活の、支えとものさしになってくれたら。そんな思いです。

いよいよ3月です。進学、就職、引越しなどを控え、新生活を見据えて過ごす1ヶ月になるという方々へ向けて、背負子の陳列を少し変えました。陳列のテーマは、『あたらしい暮らし、あたらしい道具』。

ちょっと思い出話をします。23歳の時に、神戸へ移り住みました。当時は音楽をしていて、活動の場を求めてのことです。楽器や機材だけでもかなりの量だったので、家財道具は最小限に絞っての引越しです。その中に、漆器のお椀がありました。田舎の旧家に眠っていたのを僕の実家が譲り受けた、銘もなにも、素性はさっぱりわからないもの。とても古く、ややいびつなこともあってか、母はあまり使いたがらなかった。僕自身はとても愛着があって、ことあるごとに取り出しては、好んで使い続けていた。それを神戸にも連れて行った。バイトで食いつなぎながらの、冗談にも豊かとは言えない神戸在住時代の食生活だったけれど、そのお椀が食卓にあるだけで、なんとなく気分が潤ったものだ。これに端を発して、器や食まわりの道具には、自分なりにこだわって集めるようになった。半可通というか、ものを見る目が未熟で、格好をつけたいばかりに、今から思えば随分と無駄な出費もしてきた。それについては恥じ入るばかりだけれど、食まわりのものを選ぶ際の基準は、今でも件のお椀であることに変わりはない。ふと目に留まった刹那、手に取った刹那、使っている間、愛おしくてたまらないのだ。

背負子で扱う品を選ぶ時は、この感覚を思い出し、自分に問いかけるようにしている。5年、10年経っても、その器や道具と、それらと一緒に過ごす食生活を、愛おしいと思い続けるだろうかと。そうやって吟味してると、おのずとあまり数は増えていかない。そこまでの財力がないという、のっぴきならない事情もあるにせよ。数は多くないけれど、全てに愛着があり、そして自信がある。きっと使う人の食生活に潤いを与えてくれるという自信が。

たったひとつだけでも、愛おしいものがそばにあれば、どんな状況下でも心まで貧することは無いんじゃないか。余裕があれば、そこからさらに羽を広げていくという楽しみが増えるんじゃないか。僕はそんなふうに思う。愛おしいものは、ある人にとっては本かもしれないし、またある人にとっては服、はたまた楽器、あるいは家具かもしれない。僕は僕の立場で、これから新生活をスタートさせる方々に、あたらしい暮らしの支えの一つとなるものを提供したい。そして、それがこの先ものを選んでいくときの基準、つまりはものさしになり、結果より豊かで潤いのある暮らしを使う人にもたらしてくれたら、商人としてそんなに嬉しいことはありません。

もし、あたらしい暮らしに潤いを与えてくれる、最初のひとしずくを見つけたいなぁ、贈りたいなぁと思ったら、背負子の扉をくぐってみてください。リンクをクリックしてみてください。あなたのお眼鏡に適ったら、光栄に思います。

背負子店主

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