ショーシャンクの食卓に #16 – ソウルフードにピリオドを

コッペパンは盛岡のソウルフードではない。

初っ端からものものしい。あらかじめ誤解のないよう記しておくと、僕は福田パンが大好きだ。パンが食べたい気分とは別に、福田パン(ファーストチョイスはオリジナル野菜サンド)が食べたいという気分になって居ても立ってもいられないことがあるし、県外の知り合いへの手土産を選ぶ際、福田パンはいつもリストの上位にいる。

今回の議論は2点。まず、日本で今や一般的となった「ソウルフード」という言葉の用法に、もうひとつ、コッペパンが盛岡名物であるとの認識に、盛岡で食に携わる身として疑義を呈したいのだ。呈さねばならない。

ソウルフード問題

ソウルフードとは何か。ある特定の土地で、長きにわたって一般庶民から日常的に親しまれている、ごちそうとは趣を異にする食べ物。そんな感じの捉え方で、今日の日本ではソウルフードという言葉は用いられている。しかしこれには問題がある。

例えば海外での日本物産展みたいな催しで、おにぎりとお味噌汁を「Japanese soul food」と紹介しようとすると、英語圏やアフリカ方面から物言いがつくはずだ。アフリカの食文化を土台に、アメリカの奴隷制度下で育まれた、黒人の家庭料理。それが soul food に対する標準的な認識であり、上の言葉を目にした人は「日本の黒人家庭料理?はて?」となるに違いないのだ。異文化への理解と敬意を深める意味で、間違いは正さねばならないのではないか。少なくとも食の舞台に生きる僕自身は、正さねばならないのではないか。

特定文化に根ざした庶民食という共通点はあるにせよ、世界標準では soul food ではないものをソウルフードと呼ぶのはマズイとするなら、今ソウルフードと呼んでいるものを、何と称したら良いのか。そんなことを考えながら検索していたら『ネイティブと英語について話したこと』というサイトの記事を見つけた。その記述をから違う表現方法を考えてみる。

1.signature food(シグネチャーフード)
“Fukuda-pan is a signature food of Morioka.”
「福田パンは盛岡の特徴的な食べ物だ。」
signature には「署名」という意味の他に「特徴づける」という形容詞的用法もある。
意訳するなら「盛岡の食べものと言ったら福田パンだ」といったところだろうか。もっと砕いて「福田パンは盛岡印」もしっくりくるかな。’signature’ と「印」は、個のしるしとして共通の機能を果たすものだし。

2.iconic food(アイコニックフード)
“Fukuda-pan is an iconic food of Morioka.”
「福田パンは盛岡の象徴的食べものだ。」
意訳なら「象徴的」を「代表的」とする方がわかりやすいかもしれない。icon には「熱愛や崇拝の対象となる商品」という意味があるので、長きに渡って地元で愛される食べものにふさわしい語の一つのような気はする。ただ、どうにも大仰というか、icon には宗教的な「偶像、聖像」という意味があるので、庶民生活からの距離が遠のくようにも感じてしまう。

3.comfort food(コンフォートフード)
“Fukuda-pan is a comfort food for many of people bred in Morioka.”
「福田パンは盛岡で生まれ育った多くの人々にとって、ほっとする味だ。」
日本人にとってはカップヌードル、アメリカ人にとってのマクドナルドなんかが、冗談にもグルメとは言えないけれど、なれない環境にいたらめちゃめちゃ恋しくなる食べもののこと。ただし、それが「自慢の種」になるかというと、そういうわけではない気がする。語感もいまひとつ。

というわけで、3つの選択肢から。語義のふさわしさと語感のかっこよさのバランスが◎ということで、シグネチャーフードを推したい。

コッペパン問題

上の例文で、しつこいくらいに福田パンを用いた。それには明確な理由がある。コッペパンというパンの種類そのものが盛岡名物なのではない。盛岡名物と銘打つなら、福田パンのそれでなくてはならない。コッペパン自体は大手から小規模ローカルまで、さまざまなメーカーが手がけているが、盛岡の人々が福田パン以外のものを地元の代表的な食べものと捉えてきた形跡はない。

ある業者が福田パンを模倣したコッペパンを「盛岡のソウルフード」と銘打ち、首都圏などで派手に販売している。そのホームページには以下のような記述がある。

『地域のソウルフードとしてみなさまに愛されている「コッペパン」は私も大好きな食の一つで、これらを含めた盛岡の文化を広めて、発信していきたい!と強く思うようになりました。』

大事なことなのでもう一回。コッペパンは盛岡のソウルフードではない。

この業者さん、ご自身の企業名に HONESTY(正直)という語を冠されているが、はっきり言わせてもらう。とんだ八百長である。コッペパンを主力商品とすることに文句はないが、盛岡の名前を使うのはやめてもらいたい。僕らが愛しているのは、コッペパンではない。福田パンなのだ。

その福田パンについて、NIKKEI STYLE の記事(2018/4/22)からの引用:


「地元岩手県以外には店を出さない」ことを矜持としている。県外のイベントなどで売ることはあるが、「地元への貢献につながるもの以外は受けない」という地元愛の強さも支持される理由だ。

「県外不出」の福田パンだが、志を継ぐ店が実は東京と大阪にある。その一つ、東京・亀有の「吉田パン」は、元々広告業を営んでいた吉田知史氏が13年に開いたコッペパン専門店だ。「畑違い」の吉田氏だが、福田パンを食べて衝撃を受け、「このコッペパンを伝えたい」と福田氏に直談判。福田氏は、「福田パンはここだけ、吉田さんのパンとしてやるなら」とパン作りを教えた。
「福田の志」は、吉田パンを通じてさらに広がる。吉田パンに感銘を受けた澤和正志氏は、その源流が盛岡にあることを知る。そして妻の有希氏とともに福田氏の指導を受け、15年に地元の大阪・高槻に「ゆうきぱん」を開いた。

https://style.nikkei.com/article/DGXMZO29143840Z00C18A4000000?channel=DF260120166489


記事中には盛岡製パン(あ、書いちゃった)に関する記述は一切ない。だからこそ、その商売が福田パンの姿勢とは真逆であることは、おわかりいただけるのではないか。盛岡を名に冠していても、それは盛岡で愛されたコッペパンではないし、盛岡を名乗る限りはその土地の「ソウルフード」になることもないだろう。こういうのが横行すると、他県の名物に接するときも一定の警戒心を持たざるを得なく、由々しき事態である。

さて、あらためて確信を持って宣言しよう。福田パンは盛岡のシグネチャーフードである。

今朝もオリジナル野菜サンドをいただいて、盛岡っ子であることの恩恵をしみじみと感じながら、肝心の写真を撮り忘れた。(5/29、あらためてアップ)

背負子 店主

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