ショーシャンクの食卓に#18 – モノカタリ、コトカタリ

#17で、ストーリーマーケティングを受け付けられないという話をした。不要だとは思わない。ありとあらゆる事象には、それ特有の物語があることは否定のしようもない。けれど物語はどこまでも拡張可能で、思いのほか膨らんでしまったときに、それを抱えきれる自信がない。物語が膨らむほどにモノ、コト(商いなら商品やサービス)のありのままの姿が、やがて五感で察知できないほどに遠のいてしまうのが、怖くも寂しくもある。

一見大げさな話であっても、それがモノ、コトの本質を間違いなく表しているならいいけれど、針小棒大に過ぎるのは困る。がっかりさせたくはないし、したくもない。モノ、コトと、近しい間柄でありたい。そうでなければ、惚れることもない。

さて、ここからが本題。#17に続く旅の記録。

畑のコウボパンタロー屋』は、埼玉県浦和市の、細い路地が複雑に絡み合う住宅街の中にあった。最初に車を止めた場所は、所定の駐車場ではなかったことがあとでわかり、タロー屋さんにクレームが行ってはいないかと、今でもヒヤヒヤしている。

玲奈さんたっての希望で訪れたその店の、端正な外観をしばし眺め、ここで間違いないなと扉を開くと、相手に圧を感じさせることのない絶妙な匙加減の快活さで、お店の方々が迎えてくれた。窓辺に並んだ天然酵母の瓶とディスプレイに収まった様々なパン。無駄のない、手入れの行き届いていながらも、よそ行きでなく日常の香りがする、店の佇まい。どれもが美しく、携わる人々のそこでの営みへの慈愛が感じられる。予約しておいたパンを受け取り、これは間違いないなと店を出て、お店の方に教えていただいた公園へとブランチに向かった。ここまでの感動に流されて、肝心の判断力を曇らせてはいけないと、車中で心を切り替えた。

まいりました。いや、勝ち負けじゃないんだけど、とにかくおいしかった。

添加物のごとき修飾語まみれのこんな世の中じゃ POISON
だましだまされながら生きていく OH OH

…なんてやさぐれて、時には冷めきったり落ち込んだりすることもあるけど、こうしてときどき抱き起こしてくれるモノ、コトがある。だから、背筋を伸ばして、前を向いて歩いていける。

店で感じた慈愛が、滋味となってパンに憑依していた。それぞれのパンに用いられた、いちじく酵母、八重桜酵母、バラ酵母、カモミール酵母、すりつぶし苺酵母、ローズマリー酵母は、単に発酵作用を持った物質としてではなく、もちろん天然志向を満たすお飾りでもなく、食材のひとつとして静かに堂々たる存在感を示していた。天然酵母だからとか、全粒粉だからとかいう言い訳のない、うっとりする食べ心地のパンだった。

居ても立っても居られなくなり、別所沼公園(旅の途中のピクニックにおすすめ)で息子としばし遊んだのち、『タロー屋』へ戻った。お店の著作を買うために。パンを買った時に目に入ってはいたけど、食べてもいないのに手を伸ばすのは気が引けたのだ。あの本は一見の価値ありだと、お店の様子とパンたちが教えてくれたから、今度はなんの躊躇もない。

モノ、コト、それ自体が語ることに、嘘はない。

反町のくだりに、意味はない。

背負子 店主

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