繫ぎ止めてくれた手へ

前回、前々回と、背負子の窮状について正直に綴りました。逡巡はありましたし、今でもそれが正しかったのかどうかは、よくわかりません。ことの良し悪しはともかくとして、一つだけ明らかなことがあります。それは、多くの方々が心をお寄せくださり、また手をさしのべてくださったという事実です。

途方にくれてふらふらと歩く人影が、沢山の車が往来する車道へ、あるいは橋上から川へと吸い込まれていきそうなところに、主人公が現れて彷徨い人の腕をガッと掴んで引き止める。ドラマなどでたま目にするそんなシーンが、僕の頭をよぎりました。堕ちかけた彷徨い人は、他ならぬ背負子であり、後ろから引き止めたのは、お客様です。そして「まだ早いよ」と腕を掴んで引き止めてくれた手は、一つや二つではありません。

助けられた背負子の命をどう使っていくのか、生きながらえた途端にわかるものではありません。けれど、かろうじて命を繋ぎ止めてもらえたという事実の持つ意味は圧倒的です。それは、「もっともっと考え抜け、悩み抜け」という、温かく力強いメッセージなのでしょう。ご都合主義的なのかもしれませんが、少なくとも僕はそう解釈しました。

暮らしという営みの主人公たる生活者の方々の存在抜きには、商いは存続し得ません。そして今、けっして褒められたいきさつではないけれど、背負子という商いが続くことを望むと、少なからぬ方々が意思表示してくださりました。そして創業から、緑が丘時代も含め、これまでに足を運んでくださった全ての方々の存在も、もちろん忘れるわけにはまいりません。

ありがとうございます。あらためて心より深く感謝申し上げます。

主人公の傍に付かず離れずいるような、いぶし銀の脇役たり得るよう、これからまた考え抜き、悩み抜いていきます。

背負子 店主


「いぶし銀の脇役」と書き連ねながら蟹江敬三さんや成田三樹夫さんの顔が思い浮かぶ店主はつまりそういう世代です。少し元気出てきた。

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